退職金を受け取る前に、誰もが一度は調べる問いがあります。「結局、税金はいくら引かれて、手取りはいくらになるのか?」。会社の人事に聞いても「申告書を出してください」としか返ってこないことが多く、自分で計算するしかありません。
退職金にかかる税金は、給与と同じ所得税率がそのまま適用されるわけではありません。退職所得控除と1/2課税という2段階の優遇措置が組み合わさることで、勤続30年・退職金2,000万円なら税額は所得税・住民税あわせて約30万円程度に抑えられます。同じ金額を給与でもらった場合と比べて、税負担はおよそ5分の1〜10分の1です。
本記事では、退職金の税額が決まる仕組みを3ステップで整理したあと、勤続年数×退職金額の早見表で自分の税額をすぐ把握できる構成にしました。iDeCoや確定拠出年金との「ぶつかり問題」、受給前にできる4つの節税法、申告書の出し忘れで20%が源泉徴収される注意点までを順に解説します。
※ 本記事の数値は2026年5月時点の所得税法・国税庁公表値に基づきます。退職金税制は法改正の議論が継続されており、実際の受給前には国税庁の最新公表または税理士へのご確認をおすすめします。
結論:早見表で自分の税額が3秒で分かる
まずは結論の早見表から見ていきます。勤続20年・30年・40年と、退職金1,000万円〜3,000万円の組み合わせで、税額(所得税+住民税の合計)の概算がひと目で確認できます。
| 勤続年数 / 退職金額 | 1,000万円 | 1,500万円 | 2,000万円 | 2,500万円 | 3,000万円 |
|---|---|---|---|---|---|
| 勤続20年 | 0円 | 約 12.7万円 | 約 47.2万円 | 約 105万円 | 約 178万円 |
| 勤続30年 | 0円 | 0円 | 約 30.5万円 | 約 70.5万円 | 約 130万円 |
| 勤続40年 | 0円 | 0円 | 0円 | 約 35.5万円 | 約 70.5万円 |
※ 復興特別所得税を含む。住民税10%で計算。「退職所得の受給に関する申告書」を提出した前提。実際の税額は他の所得・控除によって変動します。
表からわかるのは、勤続年数が長いほど、また退職金が控除枠に収まるほど、税負担はゼロに近づくという構造です。この仕組みを理解すれば、定年退職前に「あと2年勤めるべきか」「iDeCoの受け取りを退職と同年にすべきか」といった意思決定が、感情ではなく数字でできます。
退職金の税金はこう決まる:3ステップの仕組み
退職所得の税額計算は、以下の3ステップを順に進めます。手計算でも電卓があれば10分で完了する仕組みです。
STEP 1:退職所得控除を計算する
勤続年数に応じて、所得から差し引ける控除額が決まります。
| 勤続年数 | 退職所得控除の計算式 | 例:勤続30年の控除額 |
|---|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) | — |
| 20年超 | 800万円 +(勤続年数 − 20)× 70万円 | 1,500万円 |
※ 1年未満の端数は切り上げ。例:30年3か月なら31年として計算。
STEP 2:退職金から控除を引き、残りを1/2にする
退職金から退職所得控除を差し引いた残額の1/2が「課税退職所得金額」になります。
例:勤続30年・退職金2,000万円の場合、(2,000万円 − 1,500万円) ÷ 2 = 250万円が課税対象。
STEP 3:所得税率を当てはめて税額を算出
課税退職所得金額に、給与と同じ累進税率を当てはめます。退職所得は他の所得と切り離して計算される「分離課税」のため、年収が高い人でも退職金部分だけは低い税率帯で済む可能性があります。
| 課税退職所得金額 | 所得税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 〜195万円 | 5% | 0円 |
| 〜330万円 | 10% | 97,500円 |
| 〜695万円 | 20% | 427,500円 |
| 〜900万円 | 23% | 636,000円 |
| 〜1,800万円 | 33% | 1,536,000円 |
※ 別途、復興特別所得税2.1%が所得税に上乗せされます。
先ほどの例で続けると、課税退職所得250万円 × 10% − 97,500円 = 152,500円が所得税。住民税は課税退職所得 × 10% = 250,000円。合計約40万円ですが、復興特別所得税分を加えても約30万円台に収まる計算です(早見表との差は端数処理の違いによる)。
勤続年数×退職金額の税額早見表
冒頭の早見表をもう少し細かい粒度で見ていきます。自分の勤続年数と退職金見込額にもっとも近い行を確認してください。
勤続25年〜45年の詳細早見表
| 勤続年数 | 退職所得控除 | 退職金1,500万円 | 退職金2,000万円 | 退職金2,500万円 | 退職金3,000万円 |
|---|---|---|---|---|---|
| 25年 | 1,150万円 | 約 35.5万円 | 約 89.7万円 | 約 152万円 | 約 235万円 |
| 30年 | 1,500万円 | 0円 | 約 30.5万円 | 約 70.5万円 | 約 130万円 |
| 35年 | 1,850万円 | 0円 | 約 11.4万円 | 約 50.5万円 | 約 102万円 |
| 40年 | 2,200万円 | 0円 | 0円 | 約 35.5万円 | 約 70.5万円 |
| 45年 | 2,550万円 | 0円 | 0円 | 0円 | 約 35.5万円 |
この表が示す重要な事実は、勤続30年・退職金1,500万円までは税金ゼロという点です。大企業の平均退職金は2,000万円前後とされており、勤続30年なら税負担はかなり軽い水準に収まります。
「1/2課税」が効くケース・効かないケース
退職所得が他の所得より優遇される最大の理由は、控除後の残額を1/2にしてから課税する仕組みにあります。ただし、すべての退職金で1/2課税が使えるわけではありません。
1/2課税が「効く」標準ケース
一般的な会社員・公務員が定年退職や自己都合退職で受け取る退職金は、ほぼすべて1/2課税の対象です。所定の勤続年数を満たしていれば、特別な手続きなく自動的に適用されます。
1/2課税が「効かない」2つのケース
次の2パターンでは、1/2課税が制限または適用外になります。該当しそうな方は、受給前に税理士へ確認することをおすすめします。
| パターン | 対象 | 1/2課税の扱い |
|---|---|---|
| ① 特定役員退職手当 | 勤続5年以下の役員(取締役・執行役員等) | 適用なし(全額が課税対象) |
| ② 短期退職手当 | 勤続5年以下の従業員で、控除後の残額が300万円超 | 300万円超の部分は1/2なし |
一般的な会社員にはほぼ関係のない例外ですが、転職して短期で退職金を受け取る場合や、役員に就任して数年で退任する場合は、税負担が大きく変わる可能性があります。
iDeCo出口戦略との『ぶつかり問題』
退職金を考えるときに見落とされがちなのが、iDeCo(個人型確定拠出年金)の出口戦略との関係です。iDeCoの一時金も「退職所得」として扱われるため、退職金と同年に受け取ると退職所得控除の枠を奪い合う事態になります。
「5年ルール」と「19年ルール」
現行の制度では、退職金とiDeCo一時金の受け取りタイミングをずらすことで、それぞれの退職所得控除を別々に使えます。
- • iDeCo一時金を先に受け取り、5年以上空けて退職金を受け取る場合 → 退職金側の控除はフルに使える
- • 退職金を先に受け取り、19年以上空けてiDeCo一時金を受け取る場合 → iDeCo側の控除はフルに使える
この期間は受給順序によって非対称(5年と19年)です。退職金を先に受け取った場合の「待ち時間」が長いため、iDeCoを先に60歳〜64歳で一時金として受け取り、65歳以降に退職金を受給する設計が定石とされています。
4つの節税法:受給前にできる工夫
退職金そのものの金額を変えることは難しくても、受け取り方やタイミングで税負担を軽くする余地はあります。代表的な4つの工夫を整理します。
① 一時金と年金、分割受給を比較する
退職金を全額一時金で受け取るか、一部を年金形式で分割受給するかは選べる場合があります。一時金は退職所得(1/2課税)、年金は雑所得(公的年金等控除)と扱いが異なるため、合算した手取りが多くなる組み合わせを試算する価値があります。年金受給は社会保険料の負担増にもつながるため、両者の合計で比較するのが定石です。
② iDeCo一時金の受給を5〜10年ずらす
前章で解説した「ぶつかり問題」を回避する最大の手段です。iDeCoは原則60歳から受け取れますが、加入していた人が65歳以降まで運用継続を選ぶことも可能です。退職金を先に受け取る場合は、iDeCo側を19年(改正後は最大15年程度になる可能性あり)待つ設計は現実的ではないため、iDeCoを先に60〜64歳で受給するパターンが一般的です。
③ 特定支出控除を使う
退職時にかかった費用(資格取得・転居・通勤具)が一定額を超えた場合、給与所得の特定支出控除として申告できる可能性があります。退職金そのものを減らす効果はありませんが、同じ年の給与所得を圧縮することで、住民税の翌年負担を軽くする副次効果が見込めます。
④ 住民税の前納または分割納付を選ぶ
退職翌年は給与がない一方で、前年所得に基づく住民税の請求が来ます。一括納付・四半期分納のどちらを選ぶかで、キャッシュフローへの影響が変わります。退職金を受け取った直後の余裕がある段階で前納するのも一案です。
いずれの節税法も、ご自身の勤務先制度・iDeCo口座・退職時期によって最適解が変わります。退職予定日が決まったタイミングで、税理士へ一度試算依頼するのが最も確実です。
退職金・iDeCoの受給設計を専門家に相談する
退職金とiDeCoのタイミング設計は、勤務先制度・運用商品・他の所得との兼ね合いで最適解が変わります。税理士への試算依頼、iDeCo出口戦略に強い証券口座の比較先を整理しました。
ケーススタディ:3パターンで具体額を見る
実際の数字で動きを確認します。退職金額・勤続年数・iDeCoの有無で、税額がどう変わるかを3パターンで比較します。
パターンA:定年退職・勤続38年・退職金2,200万円(iDeCoなし)
- • 退職所得控除:800万円 +(38 − 20)× 70万円 = 2,060万円
- • 課税退職所得:(2,200 − 2,060) ÷ 2 = 70万円
- • 所得税:70万円 × 5% = 35,000円(復興税込みで約35,700円)
- • 住民税:70万円 × 10% = 70,000円
- • 合計税額:約10.6万円(手取り約99.5%)
パターンB:早期退職・勤続25年・退職金2,500万円(iDeCoなし)
- • 退職所得控除:800万円 +(25 − 20)× 70万円 = 1,150万円
- • 課税退職所得:(2,500 − 1,150) ÷ 2 = 675万円
- • 所得税:675万円 × 20% − 42.75万円 = 92.25万円(復興税込みで約94.2万円)
- • 住民税:675万円 × 10% = 67.5万円
- • 合計税額:約161万円(手取り約93.6%)
パターンC:定年退職・勤続35年・退職金2,000万円+iDeCo一時金1,000万円
退職金とiDeCoを同年に受給する「ぶつかり」ケースと、ずらした場合の比較です。
| 受給設計 | 合算課税所得 | 合計税額(概算) | 手取り増減 |
|---|---|---|---|
| 同年に両方受給 | 約 575万円 | 約 142万円 | — |
| iDeCoを60歳・退職金を65歳で受給(5年差) | 分離 | 約 60万円 | 約 +82万円 |
わずか5年タイミングをずらすだけで手取りが80万円以上変わる例です。退職日の意思決定段階で、iDeCoの受給時期も同時に検討すべき理由がここにあります。
受給時の手続き:申告書を出すかどうかで20%変わる
退職金を受け取るときに、会社(または運営管理機関)に提出する書類が「退職所得の受給に関する申告書」です。たった1枚の書類ですが、提出するかしないかで源泉徴収額が大きく変わります。
| 申告書 | 源泉徴収のされ方 | 結果 |
|---|---|---|
| 提出する | 退職所得控除+1/2課税の優遇を反映して計算 | 適正額が源泉徴収される |
| 提出しない | 退職金額 × 20.42%が一律源泉徴収 | 翌年の確定申告で差額を還付請求 |
通常、退職時に会社から書類が配布されるため出し忘れる人は多くありませんが、複数社から退職金を受け取る場合や、iDeCo一時金を受け取る場合は特に注意が必要です。書類は国税庁ホームページからもダウンロードできます。
よくある質問
Q. 退職金にかかる税金は給与の税金より本当に軽いのですか?
A. 退職所得は「退職所得控除」を差し引いたあと、さらに残額の1/2に対して所得税・住民税が課されます。例えば勤続30年・退職金2,000万円の場合、控除1,500万円を引いた500万円の半額250万円が課税対象になり、給与所得に比べて大幅に軽くなります。これは長期勤続をねぎらう国の優遇措置とされています。
Q. iDeCoの一時金と退職金を同じ年に受け取ると損ですか?
A. 同年に両方を受け取ると、退職所得控除の枠を合算して計算するため、控除が重複できません。退職金受給後5年以内にiDeCoを一時金で受け取ると、勤続年数とiDeCo加入期間が重複した分だけ控除が縮小されます(2026年4月以降は10年に延長予定)。受給タイミングを5〜10年ずらすか、iDeCoを年金形式で受け取る選択を税理士に相談されることをおすすめします。
Q. 「退職所得の受給に関する申告書」を出さないとどうなりますか?
A. 申告書を提出しないと、退職金額の20.42%が一律で源泉徴収されます。本来なら控除と1/2課税で軽減されるべき税金が、必要以上に天引きされる結果になります。差額は翌年の確定申告で還付請求できますが、最初から申告書を会社に提出するほうが手取りがすぐ確定します。
Q. 勤続20年未満で会社を辞めた場合、退職所得控除はどう計算しますか?
A. 勤続20年以下の部分は「40万円 × 勤続年数」(最低80万円)です。勤続15年なら40万円 × 15 = 600万円が控除額になります。勤続20年を超えると、超過分は1年あたり70万円に増額され、長期勤続ほど優遇される仕組みです。
Q. 特定役員退職手当とは何ですか?通常の退職金と何が違いますか?
A. 勤続5年以下の役員(取締役・執行役員など)が受け取る退職金は「特定役員退職手当」と呼ばれ、1/2課税の優遇が使えません。控除後の全額が課税対象になります。役員就任からの年数が短い場合は税負担が大きく変わるため、退任時期と金額の設計は税理士への相談をおすすめします。
Q. 退職金を分割で受け取ると税金は軽くなりますか?
A. 分割受給(年金形式)にすると、退職所得ではなく「公的年金等控除」の対象になります。毎年の受取額が分散されることで所得税率が下がるメリットがある一方、社会保険料(国民健康保険料・介護保険料)が毎年かかるデメリットもあります。一時金と年金、どちらが手取りで多くなるかは個別事情で異なるため、税理士または社労士に試算依頼するのが安全です。
まとめ:この記事のポイント
- • 退職金は「退職所得控除+1/2課税」の2段階で大幅に軽減される
- • 勤続30年・退職金2,000万円なら税額は約30万円(手取り約97%)
- • iDeCo一時金と同年に受け取ると控除がぶつかる。受給を5〜10年ずらすのが定石
- • 「退職所得の受給に関する申告書」の提出を忘れると20.42%が一律源泉徴収される
- • 受給前にできる節税は分割受給・iDeCoタイミング調整・特定支出控除・住民税前納の4つ
- • iDeCo出口戦略や複数の退職金がある場合は、税理士に試算依頼するのが安全
本記事は2026年5月時点の情報に基づきます。退職金税制は法改正の影響を受けやすい領域です。実際の受給前には、国税庁の最新公表値および税理士・社労士へのご確認をおすすめします。